シリーズ:「お産」というインフラがなくなる前に #3
地方のお産を守るためにできること
第1回と第2回で見てきたように、地方ではお産のできる場所が急速に消えつつあり、出産費用の保険適用の議論が、状況によってはその流れに拍車をかける可能性があります。では、その流れをどのように食い止めれば、地方のお産を守ることができるのでしょうか。
シリーズ最終回となる今回は、地方でお産というインフラを守る3人の医師が示してくれた「処方せん」をひもときながら、有効な仕組みを考えていきます。
(この記事は全3回連載の3回目です)
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第1回 「産める場所」が地方から消えていく―出産費用の保険適用は本当に救いになるのか
第2回 「もし、地方で産めなくなったら」―妊婦、家族、医療現場に起こること
第3回 地方のお産を守るためにできること(この記事)
患者の奪い合いをやめて、役割を分け合う
北海道・函館市でえんどう桔梗マタニティクリニックを営む遠藤医師は、「医療機関ごとに機能分担すること」を提案します。
遠藤医師は、自身の拠点である函館市の医療体制を例に、こう警鐘を鳴らしています。
「函館市の周産期医療を支えているのは、医療圏内の5つの施設です。それぞれが分娩を扱い、加えて婦人科疾患の治療も担っています。
ところが、人口減少で妊婦さんが減っていく中、これら5施設が個々の利益を追求して低価格競争を始めてしまったら、全員が共倒れ(カニバリゼーション)になり、函館の周産期医療体制は完全に破綻してしまいます」
破綻を防ぐための仕組みとして遠藤医師が提案するのが、「医療機関ごとの機能分担」です。たとえば、ある総合病院は「婦人科の悪性腫瘍に特化」、別の総合病院は「婦人科の良性腫瘍に特化」、もう一つは「高度な周産期医療(NICU=新生児集中治療室)に特化」、そして有床診療所(クリニック)は「正常分娩に特化」というように、それぞれの強みを生かして役割を分担する方法です。
機能分担は、一見すると患者側に「どこに行けばいいのか分かりにくい」という戸惑いを生むかもしれません。しかし、現在の自由競争のままでは地域医療そのものが共倒れしてしまうという冷徹な現実を前に、この「分け合う」ことが、唯一の生き残り策になり得る可能性があります。

Photo:PIXTA
実は、すでにこの役割分担を機能させている例があります。第2回でご紹介した広島県・東広島市の占部産婦人科です。
占部産婦人科が扱うお産は、低リスクの妊娠・分娩に対象を絞っています。切迫早産や重症合併症などのハイリスクに分類される場合は、隣接する東広島医療センター(周産期センター)に紹介する形で運営するという役割分担を、開業時から徹底しているのです。
その結果、2023年3月の開業から2026年3月までの3年間、占部産婦人科で扱った1,566件の分娩において、母体死亡、新生児死亡はともに「0(ゼロ)」。帝王切開率も9%にとどまっています。日本全体の帝王切開率は約20%(妊婦さんの5人に1人)、有床診療所の平均でも14~16%程度とされている中で、占部産婦人科の数値はそれを大きく下回ります。
これは、ハイリスク例を周産期センターと適切に分担することで、不必要な医療介入を避け、母体への負担が少ない経腟分娩(いわゆる普通分娩)を高い安全性のなかで実現できている証左にほかなりません。
「集約するのではなく、分け合う」ことが地域全体のお産の安全につながる――それは、現場から出た、たしかな答えの一つなのかもしれません。

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複数医師での運営を基本にして、
医師の自己犠牲で支える時代を終わらせる
役割分担は、医師の働き方の見直しにもつながる可能性があります。
これまで地方の有床診療所は、典型的に「院長1人」が、分娩・外来・当直・待機をすべて背負う形で運営されてきました。
しかし、この「院長1人モデル」には限界があります。1人の医師にすべてが集中すれば、休暇や育児への対応は難しくなり、研修にも参加できません。後継者も育ちにくく、その医師が引退すれば、有床診療所はそのまま閉院してしまいます。
青森県・青森市に、まつくらレディースクリニックを開院した松倉医師は、これからは「複数の医師で運営する有床診療所」へと転換していく必要があると訴えます。複数医師であれば、分娩・外来・待機を分担でき、休暇・育児・研修にも対応しやすくなります。若手の医師も参画しやすく、世代交代もスムーズに進む可能性が高まります。
さらに重要なのは、先述した「医療機関ごとの役割分担」が、この複数医師運営を実現するための強固な土台になるという点です。それぞれの施設で「何を専門として扱うか」が明確になれば、若手医師にとっても「ここで何を学べるか」「どんなキャリアを積めるか」の将来像が見通しやすくなります。
勤務シフトや当直の予測も立てやすくなり、専門領域がはっきりした施設には、研修中の医師も自然と集まりやすくなります。役割分担は、若手医師が「働きたい」と思える持続可能な地方の医療現場をつくるためにも、不可欠な仕組みなのです。
医師の過酷な献身だけに頼る時代は、もう終わりにしなければなりません。

特に地方の分娩は、医師の自己犠牲によって維持されている側面もある
保険適用と一緒に必要な、「もうひとつの仕組み」
医療安全の維持にも、同じように医師の献身に頼っている構造があります。
第2回で見たように、分娩を扱う医療施設では24時間365日の安全な体制を維持するために、莫大な固定費が常にかかっています。これまで、その固定費は「もう人間ではない、社会のインフラの一部になる」という医師たちの覚悟と引き換えに、なんとか支えられてきました。
けれども出産費用の保険適用後は、その「献身」だけに頼り続けることが難しくなる可能性があります。
なぜなら、保険適用によって出産費用は基本的に全国一律で設定される見込みであり、地方では分娩数の減少が確実ななか、これまでと同じだけの売上を維持することはほぼ不可能だからです。
安全のための固定費は変わらないのに収入だけが減っていく。医師の献身でも、もはや埋めきれない差が生まれかねません。
では、家計の負担を減らしながら、地方の分娩施設も守る道はあるのでしょうか。
医師たちが示す処方せんは、「保険適用そのものに反対する」のではなく、「分娩件数に応じた収入だけに依存しない、別の仕組みを並行して設計する」というものです。
占部医師は、こう提案します。
「これまでの『分娩数に依存する経営』から、『体制を維持すること自体に報酬がつく制度』への転換が必要です」
つまり、月に数件しか分娩がなくても、その地域で24時間365日、安全な分娩体制を維持していること自体に対して報酬が支払われる、という考え方です。これによって、「分娩数が減って固定費が賄えず撤退する」という連鎖を断ち切ることができるかもしれません。

Photo:PIXTA
注目したいのは、この「体制維持への報酬」が、地方だけを特別扱いする仕組みではなく、全国一律のルールとして適用される、という点です。都市部の医療機関であっても、24時間365日の安全な分娩体制を維持していれば、同じように報酬を受け取れる。地方も都市部も、同じ仕組みのもとで支えられる構造になります。
しかも、この制度には副次的な効果も期待できます。体制維持への報酬が安定して支払われるようになれば、人的資本(医師、助産師、看護師)が多く集まる都市部の医療機関では、経営にも人員にも余裕が生まれやすくなります。すると、都市部から地方への人材派遣・支援が、より現実的なものになる可能性があります。
地方を「保護対象」として優遇するのではなく、全国共通の仕組みのもとで医療機関に余裕を生み出す。その余裕が、結果として地方を支える流れにつながっていく――そんな構造を作ることが、いま求められているのではないでしょうか。
地方のお産は、地方だけで支えるものではなく、社会全体で支えるべき「インフラ」だからこそ、こうした全国共通の制度設計が、いま必要になってきているといえます。
民間ビジネスの限界と、「地域インフラ」への転換
ここまで紹介してきた「役割分担」「複数医師による運営」「体制維持への報酬」という3つの処方せんは、すべて一つの共通したパラダイムシフトを前提にしています。それは、「地方のお産は、もはや自由競争の民間ビジネスとして成り立たせるのは不可能だ」という、現場の冷徹な認識です。
これまでは、個々のクリニックが利益を追求し、顧客(妊婦さん)を奪い合い、コストを削減して生き残るという「民間ビジネス」の側面が強くありました。しかし、少子化が止まらない地方でその競争を続ければ、経営体力のない施設から順に市場から撤退し、最終的には地域からお産を扱う場所そのものが消滅してしまいます。
だからこそ医師たちは、お産を水道、電気、ガス、道路、通信といった、私たちの暮らしを根底で支える「地域インフラ」として捉え直すべきだと訴えているのです。純粋な利益率だけで評価するのではなく、地域住民の生存と安心を保障するための公共の基盤として位置づけ直す必要があるのです。
「お産」というインフラがなくなる前に
いま東京や大阪のような都市部で暮らしている方も、いつか地方の親元に戻るかもしれませんし、地方に住む家族や友人がそこで子どもを産むこともあるでしょう。お産を支えるインフラが消えれば、その地域そのものが消えていきます。そしてその影響は、いずれ私たちの誰もが、無関係ではいられない場所まで波及していきます。
家計負担を減らすため、出産費用の保険適用を行うこと自体は大事ですが、その制度設計が現場に合わなければ、産める場所を消してしまうことにもなりかねません。だからこそ、保険適用と並行して、「体制維持への報酬」のような全国共通の仕組みも一緒に設計する必要があると、医師たちは訴えているのです。
シリーズ3回にわたってお伝えしてきた、地方の周産期医療の現状と、3人の医師からの提言を踏まえ、「お産」というインフラが本当になくなってしまう前にどう守ればいいのか。皆さんと一緒に、ぜひ考えていきたいです。そして、こうした問いかけが少しでも、読者のみなさんが「お産」をめぐる景色を新しい角度から見るきっかけになれば幸いです。
本記事は、2026年4月8日に日本記者クラブで開かれた日本産婦人科医会の記者懇談会をもとに執筆しています。
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第1回 「産める場所」が地方から消えていく―出産費用の保険適用は本当に救いになるのか
第2回 「もし、地方で産めなくなったら」―妊婦、家族、医療現場に起こること
第3回 地方のお産を守るためにできること(この記事)

















