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シリーズ:お産というインフラがなくなる前に #2

「もし、地方で産めなくなったら」 〜妊婦、家族、医療現場に起こること〜

レディースクリニックの看板

日本では、出生数の減少を上回るスピードで分娩施設が減り、地方でお産のできる場所が急速に消えつつある…第1回ではそんな地方の産婦人科の実情をお伝えしました。

では、もしも本当に地域からお産のできる場所が消えてしまったら、いったい何が起こるのでしょうか。今回は、広島県東広島市で2023年に「占部産婦人科」を開業した占部智医師のお話を中心に、地方の産婦人科が抱える問題を引き続き解説していきます。

(この記事は全3回連載の2回目です)
バックナンバーはこちら
第1回 「産める場所」が地方から消えていく―出産費用の保険適用は本当に救いになるのか
第2回 「もし、地方で産めなくなったら」―妊婦、家族、医療現場に起こること(この記事)
第3回 地方のお産を守るためにできること

産めない地域は、やがて消えていく

占部産婦人科のある広島県東広島市は、広島県の中南部に位置する、人口約20万人の都市です。広島県内には分娩を扱う医療機関が37施設ありますが、東広島市の周辺ではそのうち、占部産婦人科と東広島医療センター(周産期医療に対応)の2施設のみが分娩を担っており、それ以外の分娩施設は25km以上離れた場所にあります。そうした環境で占部産婦人科では、2023年の開業後から2026年3月までに1,566件の分娩を扱ってきました。

この状況で、もしも占部産婦人科がなくなってしまったら地域はどうなるのか――その問いに対して、占部医師はこう答えます。

「分娩施設がなくなるということは、その地域から産める場所がなくなることを意味します。するとそこは『子どもを産み育てることが難しい地域』になり、若い世代がそもそも住もうと思わなくなります

その結果、労働人口と消費人口が減るため、商業施設や学校が成り立たなくなり、地域経済は縮小。不動産価値も下がっていきます。その影響は医療にも広がり、産婦人科や小児科、さらには内科、皮膚科、耳鼻科といった周辺の診療科にも波及し、地域医療全体が、徐々に痩せていってしまいます」

つまり、一つの分娩施設の閉院は、最終的に「その地域そのものが存続できるかどうか」というところまで影響する可能性があるのです。

「消滅可能性」の新聞の見出し
Photo:PIXTA

妊婦さんとご家族に何が起こるか

そうした影響をもっとも直接的に受けるのは、妊娠中の女性とそのご家族です。

近くに分娩を扱う医療機関がなければ、健診や出産のために、遠くの病院まで通わなければなりません。妊娠中は体調が不安定になりやすく、長距離の移動そのものが負担になります。交通費もかかるうえ、仕事を休む頻度も増えるため、家計も圧迫します。

また、出産場所を選ばざるを得ない人も出てきます。本来は地元で家族と一緒に出産・産後を過ごすつもりだった人が、地元に分娩施設がないために、別の地域での出産を選択することになります。里帰り出産など、出産場所を選ぶこと自体は古くからありますが、それを「主体的に選んだ」のと「選ばざるを得なかった」のとでは、妊婦さんやご家族の心持ちが大きく異なるでしょう。

場合によっては、第1回で触れたように最寄りの分娩施設までの距離が遠く、車で1時間、2時間かかるケースも出てきます。命のリスクに直結するような環境では、出産そのものへの不安も大きくならざるを得ません。

地方の妊婦さんにとって、お産を扱う場所が減るということは、単に「通院が不便になる」という話だけでは終わらず、家族と過ごす時間、家計、そして安心して産めるかどうかという心の問題まで、生活のあらゆる側面に関わってくることなのです。

お腹に手を当てる妊婦さん
Photo:PIXTA

医療現場で起きる「連鎖崩壊」

さらに、地方の分娩施設が閉院することは、その地域の医療体制そのものを連鎖的に弱らせていくことにもつながります。

分娩施設の閉院により、それまでそこに通っていたローリスク(妊娠経過が順調で、特別な医療介入を必要としない)の妊婦さんの行き場がなくなります。

すると、すべての妊婦さんが大きな総合病院などのいわゆる「基幹病院」に集中します。本来であれば、基幹病院は高度な医療を必要とするハイリスクの妊婦さんを受け入れる場所です。そこにすべての妊婦さんが流れ込めば、当然、機能はパンクします。

機能がパンクした基幹病院では、本来注力すべき高度医療への対応が手薄になります。同時に、現場のスタッフは過重労働で疲弊し、バーンアウト(燃え尽き状態)に陥っていきます。優秀な医師や助産師ほど、消耗の激しい現場から離れていく可能性が高まります。

結果、地域全体に「この地域で産むこと自体が、もはやリスクなのではないか」という認識が広がります。そして出生数がさらに減少し、地域経済が根本から崩壊する――先ほどお話しした「地域そのものの存続が危ぶまれる」状態に行き着くわけです。たった一つの分娩施設の閉院が、その地域全体の医療体制を巻き込んだ連鎖を引き起こす可能性があるのです。

病棟の廊下を忙しなく往来する医療従事者たち
地域のお産を担う基幹病院にとっても、周辺地域の施設の閉院はリスクになる

ここで、ひとつ重要な視点に触れておきます。
近年、周産期医療をめぐっては「医療資源を集約化し、お産ができる施設を限定しよう」という動きが出てきています。「集約化」、すなわち地方の医療機関を減らして大都市の基幹病院に集めるという発想は、効率的に医療資源を活用する方策として、一見すると合理的に見えます。

しかし、ここまで見てきた連鎖を踏まえると、慎重に考える必要があります。集約された場所の機能がパンクすれば、結果として誰にとっても医療が届きにくくなるからです。「集約化」が、国が想定するメリットを遥かに超える、壊滅的なデメリットを生むおそれもあります。

お産というインフラの「安全」を支えるための費用

こうした厳しい状況の中で、地方のお産はどう支えられているのでしょうか。占部医師は、東広島のクリニックを開院する際、ご家族にこう話したそうです。

「自分はもう人間ではない、社会のインフラの一部になる」

インフラとは、社会や私たちの生活を成り立たせるための土台や基盤となるものを指します。
お産ができなくなった地域の存続が危ぶまれることを考えると、お産を扱う医療機関は、社会を支えるためになくてはならないインフラといえます。

ここにまた別の問題があります。それは、インフラであるお産の「安全」を支える費用を、医療機関が負担しているという点です。
安全なお産のためには、ざっと挙げるだけでも以下の設備が必要です。

・超音波装置
・バイタルモニター
・手術台
・インファントウォーマー
・新生児聴覚検査機
・酸素ボンベ室
・ポータブルエコー
・セントラルバイタルモニター
・麻酔器
・保育器
・ビリルビン測定用遠心分離器
・酸素配管
・電子カルテ端末
・セントラルNSTモニター
・分娩台
・感染対策:HEPAフィルタ
・血液ガス分析器
・貯水槽
・NST
・NSTモニター子機 ipad、スマホ
・オートクレーブ
・感染対策:全館排気システム
・血液検査機器
・非常用発電機

お産に必要な機材の一覧
安全なお産のために必要な医療機器や設備の一覧(占部医師ご提供資料より)

なかには複数台必要なものも少なくありません。さらに、これだけの設備を整え、24時間365日稼働できる状態を維持するには、当然のことながら膨大な固定費がかかります。常勤のスタッフ(医師、助産師、看護師)の人件費、医療機器のメンテナンス費、薬剤・材料費、電気・ガス・水道代、防犯対策費など、費目も実に多岐にわたります。

また、これら安全のための固定費は、その月の分娩が10件であっても100件であっても、ほぼ同じだけかかります。妊婦さんが減ったからといって、夜勤の助産師を半分にしたり、医療機器を一部止めたりするわけにはいきません。占部医師もこのように話しています。

「分娩件数が1件でも30件でも、医療水準を落とすことはできない」

ただ、安全確保にかかる固定費は減らせないのに、収入の元となる分娩数は確実に減っているのが、いまの地方の産婦人科の現状です。売上を維持するには分娩単価を引き上げるしかないものの、自由競争の中では単価も上げにくいという事情があります。事実、第1回で取り上げた北海道・函館市のえんどう桔梗マタニティクリニックでは、地域の価格競争の結果、分娩予約が減少しています。地方の分娩施設は構造的に、収入が固定費に追いつかなくなる方向へ追い込まれていく状況にあるのです。

豚の貯金箱と小銭、聴診器
Photo:PIXTA

保険化議論で見落とされる視点

そこに追い打ちをかけるのが、「出産費用の保険適用」です。出産を保険適用にする動きそのものは、家計負担を減らすという観点から、多くの妊婦さんやご家族にとって朗報といえます。出産育児一時金(2026年5月17日時点で50万円)を超える自己負担に悩むご家族が4割を超えるといわれるなかで、負担の軽減につながる本策は必要な政策といえるでしょう。

ただ、ここまで見てきたように、地方の分娩施設は「安全のための固定費」によって支えられています。そしてこの固定費は、都市部であろうと地方であろうと、必要な水準は変わりません。それどころか、地方では分娩数が減っている分、1件あたりの固定費負担は都市部より重くなります。占部医師はこう話します。

「安い出産と安全な出産は、すでに両立しない価格帯に入っている」

もし保険適用によって、出産費用が全国一律で「安く」設定された場合、地方の分娩施設は2つのうちどちらかを選ばざるを得なくなります。1つは、人員、医療機器、訓練などの「安全のためのコスト」を削ること。もう1つは、お産そのものから撤退することです。

頭を抱えて悩む男性医師

「全国一律の価格では、地方の固定費を賄えない」
「徐々に減っていく妊婦さんを地域で奪い合うことになり、地域の周産期医療の破綻につながる」
「安全確保に必要なコストと診療報酬にギャップがありすぎる」

医師たちは、こんな声をあげています。
家計負担を減らすという、広く支持される目的を持った制度が、「妊婦さんが安心して産める環境を守る」というもうひとつの目的と、真っ向からぶつかってしまっている――これが、地方の産婦人科でいま起きていることなのです。

では、この矛盾はどうすれば解消できるのでしょうか。家計負担を減らしながら、地方の分娩施設も守る道はあるのでしょうか。

最終回となる第3回では、3人の医師が描いた「処方せん」をもとに、お産というインフラを守るための仕組みを考えます。

 

本記事は、2026年4月8日に日本記者クラブで開かれた日本産婦人科医会の記者懇談会をもとに執筆しています。

特別協力:
占部産婦人科
えんどう桔梗マタニティクリニック

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第1回 「産める場所」が地方から消えていく―出産費用の保険適用は本当に救いになるのか
第2回 「もし、地方で産めなくなったら」―妊婦、家族、医療現場に起こること(この記事)
第3回 地方のお産を守るためにできること

宋美玄 産婦人科医 crumii編集長

この記事の監修医師

丸の内の森レディースクリニック

院長

宋美玄先生

産婦人科専門医

丸の内の森レディースクリニック院長、ウィメンズヘルスリテラシー協会代表理事産婦人科専門医。臨床の現場に身を置きながら情報番組でコメンテーターをつとめるなど数々のメディアにも出演し、セックスや月経など女性のヘルスケアに関する情報発信を行う。著書に『女医が教える本当に気持ちのいいセックス』など多数。

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